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オイリュトミー誕生の背景〜創造は「出会い」から
⭐️シュタイナーはいつも「出逢い」をとおして、新たなことを創造していったという。
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◉シュタイナー学校の始まりーエミール・モルト
「ヴァルドルフ学校」は、煙草工場を経営していた、エミール・モルトとの出会いから。
モルトがシュタイナーの教育理念に共鳴し、工場の一角に労働者の子どものための学校を設立したのがはじまりだった。ヴァルドルフ・アストリア煙草工場の名前を冠して「ヴァルドルフ学校」と呼ばれるようになった。
日本では、シュタイナー学校、シュタイナー教育という名で知られ、知識偏重の受験教育とは異なり、芸術的な教育を中心に据えている。
◉バイオダイナミック農法ーカイザーリンク伯爵
シュタイナーは亡くなる前年1924年、疲弊した農地を回復させるため、カイザーリンク伯爵に依頼され、伯爵の農場があるドイツのコーバーヴィッツで8回にわたる「農業講座」の講演を行い、それが元になり、世界各国に広がり、今もなお継承されている。
出典:イザラ書房「農業講座」より
◉オイリュトミー誕生ーある未亡人からの相談
オイリュトミーが生まれたのは、ある婦人が、娘のために仕事となる舞踊芸術はないだろうか、とシュタイナーに相談したことがきっかけだった。
17歳のローリー・シュミッツと、シュタイナー、夫人のマリー・シュタイナー三人による共同作業を通して、新しい運動芸術「オイリュトミー」が誕生したという。
シュタイナーは「オイリュトミーの本質と起源」において、このように語っている。
出典:「イリュトミー芸術」訳:高橋巖 イザラ書房
オイリュトミーは、もともと人智学運動の中から運命の贈り物のように育ってきました。
1912年の事でした。あと、人智学者の家庭の中で、
父親を失った娘さんが仕事を見つけようとしましたが、
彼女はどうしても人智学運動の中から仕事を探したかったのです。
そこで彼女のために何ができるか、いろいろ考えているうちに、
当時まだ存在していなかった一種の空間運動芸術が誕生することになったのです。
このようにして、最初のオイリュトミーが、もちろん最初はその原則とフォルムだけでしたが、この若い夫人のことを考えている間に芽生えてきたのです。
このオイリュトミーもまた他の人智学運動と軌を一にしています。
つまり、最初に運命的な転機が生じ、それから私がゲーテアネムの柱のフォルムについて体験したような状態を迎えることになります。
・・省略・・
p24~
人間の限定された衝動だけに従って遂行するのではなく、
自分を宇宙の道具のためにすることができれば、
初めに意図していたよりも、はるかに多くのことが、事柄そのものから芽生え、発展するようになります 。
p25〜
芸術はいつでも、人間の心が何らかの衝動を霊界から受け取ることができ、この衝動をいろいろな外的な素材によって具現化する必要を感じたときに生まれたのです。
p32〜
目に見える言語、目に見える歌唱こそが、まさにオイリュトミーそのものなのです。
◉運命的な出会いからメタモルフォーゼ
まず、最初に運命的な出会いが生じ、それがメタモルフォーゼしてなされていく、とシュタイナーはいうのだ。
だから、過去のものをただ踏襲し繰り返すのではなく、
出逢いをもたらす大いなる力を信頼し、自分を「霊界=宇宙の道具」としての「器」にした時に、初めてその都度、いろんなインスピレーションがもたらされ、具体化されていったのだろう。
初めから完璧な完成したものがあったのではない。
何もないところから、創り上げてゆく・・この姿勢は「芸術家」そのものだと思う。
◉未知のものからの投げかけを受け止める
おそらく最初は、混沌から始まったのではないだろうか。
現実的な問題や山積みされた課題の中で、出会う人の切実な投げかけや必死の問いかけを受け止め、そこから、小さな種が生まれる。
その種が、人との共同作業により、次第に成長して花開き・・実る・・
シュタイナーがたどったプロセスにこそ、感動を覚えるし、勇気をもらう。
おかげで、私たちは今、シュタイナーが生み出した多くの学びに触れることができている。
シュタイナーの学びは、
コンテンツとして出来上がったものも素晴らしいが
シュタイナー自身が生み出していったメタモルフォーゼのプロセスをこそ、深く学びたいと思う。
それは、生命的な芸術創造そのものだと感じる。
その学びの奥義がまさに、オイリュトミー芸術にはあるのだ。
宇宙を創造した「根源のコトバ」を、物質の宿す身体芸術。
目に見えない生命形成力や創造の力を、自らのうちに感じ、
創造してゆく身体運動芸術をこそ、
私は伝えたいと思う。
▼那須・奏身舎website
▼第4期おひさまの丘宮城シュタイナー学園 教員養成講座
https://www.ohisamanooka-steiner.or.jp/kyouin-yousei
出典:「オイリュトミー芸術」イザラ書房 高橋巖訳