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感覚は世界への扉 ”『不安げな子』オンライン読書勉強会ご案内”
感覚は「世界への扉」。
外なる世界と内なる世界を橋渡ししている。
感覚が働かなければ、どんなに外の世界が美しくても、私たちは何ひとつ感じることができず、虚無の世界が広がるだけ。
三重苦のヘレン・ケラーがそうであったように。
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◉「見えない・聞こえない・喋れない」
三重苦のヘレンは闇の中にいた
以下はヘレン自身による当時の回想である。
ヘレン・ケラー自伝「光のなかへ」 島田恵訳
「この素晴らしい出来事が起こる以前の私には、食べて飲んで寝ると言う本能の他には何もありませんでした。
私の日々は過去も現在も未来もなく、希望も期待もなく、好奇心も楽しみもない空白だったのです。」
夜でもなく、昼でもなく、それは空間を支配する虚無。
場を持たない不動性だった。
星もなく、大地もなく、時もなく、停滞もなく、変化もなく、
善もなければ罪悪もなかった。
サリヴァン先生との出会いによる、この「水」の感覚体験から、「言葉」と出会い、ヘレンの中に精神の光が灯ったのだ。
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◉感覚を通して
「意識の太陽」が輝く
「意識の太陽が初めて頭上に輝いた時の、その奇跡を考えてみてください。」
「既に枯死していた私の若い命の切り株が、知識という水に浸されて、再び育ち、再び芽吹き、再び幼い花を咲かせて香り立ったのです!」
私は心の奥底から「生きていてよかった!」と叫び、震える二本の手を生命に向かって差し出したものです。
それ以降は沈黙の世界が私に無言を押し付けようとしても無駄でした!
私が目覚めた世界は依然として神秘的でしたが、そこには希望と愛と神があり、それ以外のものは問題ではありませんでした。
私たちが天界に入っていくのは、この経験と似たようなものではないでしょうか?」
ヘレンの「水」体験からもわかるように、感覚体験は命に内なる光をもたらす。
シュタイナーは「教育の基本は、感覚にある」と考えた。
特に、幼児期は感覚教育を集中的に行える時期であり、共感による感覚教育が大切である。
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◉五感を超えた「12感覚論」
一般では、五つの感覚「視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚」が認められているが、シュタイナーは12感覚を唱えた。
五感を超えた、感覚の捉え方は「革命的」とすら言える。
感覚論について10年以上もの歳月をかけ、シュタイナーは「12の感覚概念」にまとめ、それらを四つの感覚からなる、三つの領域に分類している。
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◉四つの感覚からなる、三つの領域
下位感覚・・1触覚 2生命感覚 3運動感覚 4平衡(均衡)感覚 体
中位感覚・・5嗅覚 6味覚 7視覚 8熱感覚 魂
上位感覚・・9聴覚 10言語感覚 11思考(概念)感覚 12自我感覚 霊
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下位感覚では、「身体感覚」「基礎感覚」を通して、自分の身体状態を体験し、
中位感覚では、「魂的感覚」(感情)を通して、周囲の世界を知覚し、認知し、
上位感覚では、「社会的感覚」、高次の「霊的感覚」を通して、人と人とが互いに繋がる。
このように12の感覚を通して、人は自分自身と繋がり、周囲の世界と繋がり、他者と心を通わせ、社会で活動することができる。
逆を言えば、
12の感覚が十分に育まれないと、自分自身や世界と十分に繋がることができない・・
ということになる。
故に、発達の問題を感覚論と結びつけることは、とても重要である。
◉土台となる「下位感覚」
1触覚 2生命感覚 3運動感覚 4平衡感覚
今回の読書勉強会では、「不安げな子・落ち着きのない子・寂しげな子」をテキストにし
12感覚のうち、
「下位感覚」と呼ばれる四つの感覚について主に学ぶ。
この四つの感覚は、発達の土台となる大切な感覚であるが、一般的な感覚論の視点だけでは、感覚そのものが今ひとつわかりづらい。
特に、テキストで一番最初に登場する「生命感覚」は、謎が大きい。
生命そのものはわかるが、「生命感覚」とは何を指すのだろう。
どうしたら育むことができるのだろう。
またテキストによく出てくる「天使」をどう捉えたら良いのか?
これらを深く理解するには、シュタイナー人智学の基礎概念について 頭・心・体丸ごと使って学ぶ必要がある。
そこで、これまでの読書の復習をしながら、
基礎となる人間の本質や概念
・霊魂体の3分節
・人間の本質「7分節」「9分節」
これらについても光をあてつつ、今回からは
感覚を育む「手遊び」「運動遊び」も紹介し(手遊びにはオイリュトミーの要素がベースに含まれている)
やさしいオイリュトミーも体験し、(良き眠りに誘えるように)
、読書勉強会を進めていきたい。
▼第三期・那須シュタイナー自然学校主催 読書勉強会
「不安げな子・寂しげな子・落ち着きのない子」詳細についてはこちらをご覧ください。
⇩⇩
http://sousinsya.com/info/6737603
魂のこよみ7.「予感よ、現れよ」
ここ数日で、一気に気温が上がり、夏の到来を思わせる。
目の前の森を見遣ると、
こんなにも緑は輝き、勢いづき、枝を高々と伸ばしている。
「ああ・・美しい。」
感嘆詞とともに、
自分も母音の[A / あー]のように、
空間に広がり溶けてしまいそうだ。
森羅万象の輝きの中に、
我を失いそうになってしまいそうだ。
だからこそ、
「予感」が現れてほしい。
自らの内なる導き手となるように。
シュタイナー「魂のこよみ 7週」
5/19~25
高橋巌訳 イザラ書房 1985年版
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大自然の光に強く引き寄せられて
私の自我は身を隠そうとしている。
だから予感よ、現れよ。
そして思考の力に代わって
私の認識のために働け。
思考は今、感覚の仮象の中で
自分を見失おうとしている。

🌟 7週目は、46週目(2/16~22) と対になっており、
夏に向かってゆく今週の言葉は、春に向かっていく冬の日の言葉と対応関係になっているようです。
自然 ↔️ 世間(社会)
未来からの予感 ↔️ 過去からの思い出
思考の力 ↔️ 意志の力。
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〈7週目〉 〈46週目〉
大自然の光に → 世間が
私の自我 → 生来の魂力を
身を隠そうとしている。→ 麻痺させようとする。
だから予感よ、現れよ。 → だから思い出よ、霊の深みから現れよ。
そして思考の力に代わって → 意志の力に支えられた
私の認識のために働け。 → 見る力を強めよ。
*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*
「四季とその祭り」シュタイナー 1923年
人間の魂は、春になると宇宙へ赴こうとする地球の魂についていこうとします。
しかし、そうすることができません。
人間の魂は自由の感情と自我感情を発達させたので、天上の高みでは気を失ってしまうのです。
しかし、秋になると、ミカエルが降りてきて、キリストの代理として人間に協力してくれるのです。
そのことを人間の魂は感じ取るのです。
宇宙へと赴こうとする力と、地球へと降りてくる力。
その二つのせめぎ合いの中で、
私たちは、内から外へ、外から内へと目覚めることができます。
地球ともに、深い魂の呼吸を、ともに体験することができます。
魂のこよみ6.「狭い自分を乗り越えて 時間と空間の働きの中に蘇るとき」
シュタイナー「魂のこよみ」6週目
狭い自分を乗り越えて
時間と空間の働きの中に蘇るとき
私の自我は宇宙を啓示する者となる。
そのとき宇宙はいたるところで
おのれの姿の真実を
その神的現像を
私のために開示する。
◉「狭い自分」とは?
ー利己的なエゴイズムに駆られた「私」
先週「第5週」のこよみでも、語られていた「狭い自我」。
「狭い自我」の内なる強制を脱して
今新たに 蘇ろうとする」
◉狭い自分を乗り越えるには
他者の存在が必要
しかし、乗り越えよう、と努力してみても
◉高次の進化には、
親密な共同体の意識が必要
「利己的な目的から、霊的発展を求めるものは進歩しない」
シュタイナー「霊視と霊聴」西川隆範訳より抜粋、編集し引用。
一部表現を改めました。
🌸花咲く〈創造の森保育園〉にて 春を味わうオイリュトミー
今日は「創造の森保育園」にて、今年度最初の幼児オイリュトミー。
園でのオイリュトミーは、一年ぶりの再開でした!
久しぶりに会う幼児たちは、すっかり大きくなり、成長していました。
外の園庭には満開の山桜![]()
![]()
園内のホールでは、手遊びやオイリュトミーで
春をたっぷり味わいました。
みんなが大好きな歌「お花が笑った」をローマ字で記すと
OHANA GA WARATTA
母音「Aあー」が連続する。
それは 心と体を開く音。
オイリュトミーの「Aあー」で 体を動かすと・・・
みるみるうちに、子どもたちの全身から喜びが湧いてくる![]()
外も内も、喜びあふれる「春」の幸せな日。
春の光のなか
たくさん笑って
たくさん動こうね。
たくさんの愛と喜びに包まれることで
きっと健やかな体が育つことでしょう。
魂のこよみ1.春 「復活祭の気分」
森の山桜
◉山桜の開花🌸
4月1日から奏身舎前の山桜が、一斉に咲き始め、
いよいよ新年度に切り替わったことを実感しています。
4日からは、子どもクラス「那須シュタイナー自然学校」も新たに始まり、
きっとその頃は満開になっていることでしょう。
今年の「復活祭」は、4月5日(日)。
桜の開花は、「いのちの復活」を告げるに相応しいですね。
桜が咲くと、あたり一面の空間が、ふんわりピンクに染まり、やわらかく息づいているのが感じられます。
ちなみに前日4日までが「受難節」。
「受難節」は復活祭前のおよそ40日間で、断食や節制、祈りに力を入れて過ごす時期だとか。
◉受難節の入院・・神様からの贈り物
受難節だから・・と言う訳ではありませんが、
年度末に急性胃腸炎で入院し、絶食と節制の4泊5日を過ごしました。
一年間の疲れが出たのでしょうか。
絶食・点滴治療だったので、
退院して、食べられること、自由に動ける事のありがたさを噛み締めています。
お陰様で十分に休養し、順調に回復しています!
入院中は、読書と内省の時間がたっぷりありました。
いつもは慌ただしいこの時期、エアポケットのような時間を得たことは、
神様から特別な贈り物をいただいたような気がします。
心身ともにリフレッシュして、新年度スタートできそうです!
でもやはり、健康第一ですね!
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いつもの日常の自我(低次の自我、小我)は、この不安定な事態に怯え、
不安を感じているかもしれない。
でも日常の自分を超えた意識で、
遠い所から全体を俯瞰してみると・・・
この不安定な状況も、実はかけがえのない一瞬であり、
永遠に通じるひとときなのだと、感じられてきます。
「霊の存在」とは何でしょうか?
「霊の存在」とは、永遠に属するもの。
散ってしまう花たちにも、
花の形には、変わらぬ法則性が見られるように、
人間の私たちにも
移ろいやすい浮き沈みする感情を超えた、
純粋な、透明な世界に属するものがある。
私たちの自我の本質は、不滅の大きな世界に由来しているのです。
植物を見るとなんだか癒されるのは、
調和のとれた美しさを通して、
普遍的な永遠性が 感じられるからでしょうか。
五芒星の桔梗
◉不確かな世界の先に感じられる
新たな予感
「見える世界」の確かさに比べ、全く「不確か」なものです。
しかし、その先に
何か新しい世界が広がっている予感がしませんか!
この状況で、自分にできることは何か?
現実に可能なことは?
徒に不安に怯え、思考停止になるのではなく、
いま、ここを、しっかり認識しながら、
自分ができることを精一杯、一生懸命に模索し、現実におろしていくこと。
行動していくこと。
そのためにも、
自らの思考を信頼できるものに、高めていきたいと思うのです。
http://sousinsya.com/info/6701063
▼【4月のオイリュトミー予定】
http://sousinsya.com/info/6701798
▼2026年度那須シュタイナー自然学校生徒募集中!
http://sousinsya.com/menu/1034816
「那須シュタイナー自然学校」
◉体験参加者募集中!
https://www.instagram.com/waldorf_nature_school
毎月 第1土曜9時半より 那須・奏身舎にて
講師:渋谷智栄子 長瀬美香 安齋裕司 他
◉申し込み 問い合わせ
















